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フロリアン・カズナブ、片目喪失から再起の一歩を踏み出す。

2014/07/18

 24歳の隻眼のフランス人スクラムハーフが、イタリア2部リーグのレッジョと契約した。

 

 フランス1部リーグトップ14の名門ペルピニャン(昨季、1914年以来初めて1部から降格、今季は2部のProD2からトップ14への復帰を目指す)の期待の若手スクラムハーフ、フロリアン・カズナブがその左目を失ったのはほぼちょうど一年前。日本では「巴里祭」として知られる7月14日。シーズンオフ、例年のごとくセレの牛追い祭りを訪れていたカズナブは、13日夜、友人たちとふざけていて転倒し頭部を椅子の脚に強打。翌朝病院で緊急手術を受けたが、左の眼球摘出を余儀なくされることとなった。

 

 各年代のフランス代表を経験、2008年には19歳以下のワールドカップで優勝、同年にペルピニャンでデビューを飾ると翌シーズンにはトップ14優勝。2012−13年のシーズンは25試合に出場し、事故前までは代表招集も囁かれる若手有望株の1人だったカズナブ。片目を失うという日常生活を送る人間にとっても大きな怪我を負いつつも、7年間を過ごしたカタランの熱い血か、楕円球を諦めようと思うことは1度もなかった。

 

 「まず、怪我を治して、見ることを一から覚えなきゃならなかった。リハビリを重ねて、やっと距離感や反射神経も取り戻して、ボールも目が2つあった頃のように捉えることが出来るようになったよ」。にわかには信じ難い話だが、精神と視覚の研究所を持つカナダ人教授の元でリハビリを続けたカズナブは振り返る。「ほとんど奇跡的だよ。ラグビーを覚えるように、再び見ることを覚えたんだ」。

 

 フランスでは、どんな職業であろうと契約のために指定の健康診断をパスする必要がある。1月、リハビリを終えたカズナブは、再度プレーの許可を得るため医師の診察を受けるが、診断結果は「ラグビーをプレーすることは不可能」。それでも諦め切れない彼は上訴。最終的に「ここ8ヶ月で初めてのいいニュース」が届き、あとはフランスラグビー協会がライセンスを再発行するかどうかとなった。

 

 協会の規定は当然のように調べていたカズナブは、IRBが認可している『ラグビーゴーグル』の使用を提案。所属クラブであるペルピニャンより協会側にライセンスの発行申請がなされた。しかし、5月に協会が下した決断は「ノン」。協会の医療部門の最高責任者であるジャンクロード・ペイランは説明する。「協会の規定ははっきりしている。対で機能する身体の器官の片方を失った場合は、ラグビーのプレーは不可能となる。ライセンスが発行されることはありえないため、フロリアン・カズナブがフランス国内でプレーすることは、トップ14だろうが、4部だろうが不可能となる」。

 

 母国の協会から直接追放を言い渡された形のカズナブにとっては、怪我に次ぐショックだったはず。それでも諦めることはなかった。「最後までやるよ。再びプレーするためにこの8ヶ月戦ってきたんだから」。その悲劇にうちひしがれることなく努力を続ける青年を支持する声も大きく、超辛口で知られるラグビー専門サイトの「Boucherie Ovalie(ブシュリー・オバリー)」はツイッターで、「カズナブは、『対となる器官の一方を失ったからもうプレーできない』。なら俺は、タマが1つしかない選手をすべて追い出すことを要求する(日本でもフランスでも、「キンタマ」は勇気の象徴。タマが1つは腰抜けということ)」とカズナブの勇気を称賛し、協会の及び腰を非難した。

 

 ヨーロッパでIRB認可のラグビーゴーグルのプロリーグでの使用を許可しているのは、ウェールズ、アイルランド、イタリアのみ。イタリアでそのガードゴーグルを着けてプレーしている選手がいることを数ヶ月前に知ったカズナブは、フェイスブックで直接本人に連絡を取り情報を集め、自身のエージェントと共に、フランスでのプレーが拒否された場合のために準備を進めていた。

 

 「今は、何が壁となっていて、誰を納得させなければいけないかわかっているからこそ、ますますモチベーションが上がっているよ。弁護士と一緒に、フランスラグビー協会がその偏見を再認識し、理解するために、すべてをやるつもりだよ。ラグビーはおれの人生のすべてだ。すべてを捧げてきたし、これからもプレーし続けるためにすべてやる。おれを一番傷つかせるのは、おれはやれるのに、協会がチャンスを与えてくれないこと。おれは自分がプレーできるって知っている」。
 

 挫けない勇気と情熱に、チャンスは与えられた。長い道のりはまだ始まったばかり。それでも、たった1つのカズナブの瞳は、他の誰よりも遠くを見ている。
 

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