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今日のムラッド

 

 ムラッド・ブジェラル。

 2013、2014年とハイネケンカップを2連覇。今年第1回となったチャンピンズカップも制し、欧州最高峰カップを3連覇。昨シーズンはトップ14も制し、国内とヨーロッパの2冠達成。現在フランスのみならず、欧州クラブラグビーを支配するトゥーロンの名物会長。

 トゥーロンの下町でアルジェリア系移民の子として生まれ、貧しい子供時代を経てマンガ専門の出版社ソレイユを独力で設立。フランスでのBD(バンド・デシネ。日本でいうところのマンガ)ブームを作り、極小出版社をフランスで3番目のマンガ出版社にまで築き上げた叩き上げの男。

 人種差別の激しいフランスで、一部の人間からは嫉妬も含め成り上がり者扱いされ、その上一癖も二癖もある性格と歯に衣着せない発言で(これまた閉鎖的で保守的な村社会のフランスラグビー界では歓迎されない)、ラグビー界の異端児としてアンチも多数。当時2部で財政的に壊滅状態だったクラブを救うために2006年に会長に就任し、私財を投げ打ってチームを再建。2008年にトップ14に昇格させると、たった5年でヨーロッパチャンピオンに。金にものをいわせた補強の傭兵軍団なんて声も聞こえるが、ソニー・ビルに15人制の道を開いたのも、当時欧州のどのクラブも獲りたがらなかったウィルキンソンを連れてきたのもブジェラル。

 トップ14では、昨シーズンが終了した時点でクラブ経営で黒字を出したのはトゥーロンのみと(他クラブは全てスポンサーである親会社が赤字補填)、唯一独立採算を成功させ、派手なクラブの外見とは裏腹に地元密着、ある意味広島カープ的な部分も持ち、元経営者としてこの先のプロのクラブラグビーのあり方を見せてもいる。

 フランスラグビー界で、選手以上にメディア露出の多いそんなムラッドの発言を現地直送するコーナー。その言葉の端からトゥーロン、フランス、ヨーロッパラグビーの今が見えてくる、かも…

 もしクレルモンに助言があるとすれば?

 

「よくタイトルの取り方を説明されることがある。もし自分が、やっと少しだけ外の世界に開きつつあるクレルモンに助言を与えることができるとしたら、ミシュラン以外の文化を持つ人間を連れてくることを勧めるよ。多様性は、彼らに多くのことをもたらしてくれることに気がつくはずだ」

 

 

 ロッカールームから出ることなくテレビ観戦したことに。

 

「試合前、絶対負けると思っていたから、前半の流れを見て客席にいた妻に、ハーフタイムにスタジアムを離れようってショートメッセージを送ったんだ。でも、彼女はおれに残るよう説得した。彼女はおれたちが勝つって、この3つ目のトロフィーを絶対獲得するって確信していた」

 試合後。

 

「おれは自分の会社を賭けた。でも、それだけじゃない。身内はみんな、おれがめちゃくちゃやって、家族の資産を食い潰すって言っていた。でもおれは、自分がどこに行きたいか正確にわかっていた。自分が成功するってわかっていた。今は宙に浮いている感じだよ。まだ目が覚めず、パジャマでいる感じだ。あんまり気持ちいいから、地上に降りたくない。クラブの昔のメンバーにもメッセージを送りたい。彼らのおかげで今のおれたちはトップにいる。トゥーロンは110年の歴史がある。とにかく、おれにとっては今シーズンは成功。残りは選手のものだ。このタイトルは一番美しくて一番強い。ビーチでのバーベキューで静かに祝うよ。そして、土曜日にマイヨールでトロフィーのお披露目だ」

 

 ここ数年、トップ14にしても欧州カップにしても、決勝トーナメントの大事な試合になると勝てないという病気が治らないクレルモンが、メンタルコーチを雇っていたことについて。

 

「うちには、メンタルコーチはいない。モチベーションを上げたかったら、みんなで一緒に飯を食うだけでいい。やる気になるためにはそれで十分だ」

 「金で雇われたガイジン傭兵軍団」で、ハイネケンカップ2連覇に続き、第1回チャンピオンズカップを制し、欧州最高峰カップを3連覇。

 

「もう何年もおれたちは傭兵軍団だって言われているけど、そんなこと言っているのは馬鹿なチームだよ。人々を結びつけるのは、生まれた場所が近いからじゃなくて、たとえ1万キロ離れたところで生まれたとしても、共に情熱を分かち合えば絆が生まれるということをわかっていない奴らだ。どうでもいいお隣さんより、1万キロ離れたところで生まれていても、同じ情熱、喜び、痛みを分かち合う人間の方が身近に感じるってことをわからない人間は、今日の社会に居場所はない。中世に帰った方がいい」

 

「この試合に勝ちたかった。でも、まだ実感がわかない。まるでSFだよ。夢にも思わなかった。『歴史的』って言葉の混じった祝福のメッセージを受け取って、やっと何かでかいことをやったんだと思ったよ」

 試合終了のホイッスル直後。

 

「信じられない… まずクレルモンに敬意を表したい。なぜなら、素晴らしいヨーロッパチャンピオンがいるのは、素晴らしいバイスチャンピオンがいるからだ。クレルモンは本当に素晴らしいチームだよ。信じられない…」

 

 試合中、あまりの緊張感にロッカールームに籠り切り、ひたすら行ったり来たりしながらテレビで試合観戦(2年前は試合途中でタクシーでスタジアムから逃走したことを考えれば大きな進歩だ)。

 

「耐えられなかった。なんて言っていいかわからない。信じられない。夢みたいだよ」

 ハイネケンカップ2連覇から続く、史上初の欧州最高峰3連覇を目指すトゥーロン。国内リーグも3年連続決勝進出中で昨年は優勝。そんなトゥーロン、基本的にはフランスラグビー界の嫌われ者で、金満クラブ、うさんくさい経営体制と、嫉妬もこもった批判が絶えない。

 

「トゥーロンが勝つと、人はおれたちがイカサマをしていると批判する。誰もおれたちを尊敬していない…もしトゥーロンがもう少し北にあったら、こうは言われないだろう。もし勝ったとしても、イメージは南の町のそれのままだろう。つまり、もし何かが上手くいっているということは、裏で何か怪しいことが起こっていると。当然嘘だ。でも、多くの人が、おれたちが成功を掴むと頭を掻きむしり、イカサマだと言うのを好む。トゥーロンは金持ちのクラブだと言うが、トゥーロンはクラブ経営の冒険だよ。インディアナ・ジョーンズだ。おれは自分の金がかかっている。ミシュランが1億ユーロクレルモンに注ぎ込んだって対した問題じゃないけど、おれは自分の食い扶持がかかってるんだ。別にこれは批判じゃない。ミシュランはフランスの大企業だ。でも、ならどうして貧乏人の振りをするのかわからない」

 同じくクレルモンに相対した2年前のハイネケンカップ決勝。トゥーロンにとっては初めてのハイネケンカップ決勝で、ゲームを支配され後半途中までリードされる展開。ストレスが頂点に達したムラッドは、試合途中にもかかわらずスタジアムを抜け出しタクシーで逃走。

 

「タクシーに乗った瞬間におれたちが3点返した。それから運ちゃんに適当にぐるぐる回るように言ったんだ。3分か4分後にトライがあった。でもラジオで聞いていたから、うちのトライか相手のだったのかわからなかった。でも、その後ウィルキンソンのコンバージョンが決まったのが聞こえて、うちが逆転したってわかった。で、運ちゃんに言ったんだ。『あんたは、この地上でおれの幸運のお守りだ。もう離さない。回り続けてくれ』って。で、ずっと回ってた。その後ショートメッセージが届いて、運ちゃんもトゥーロンがヨーロッパ王者だって言ったんだ。爆発したよ。スタジアムに戻るように言ったよ…」

 2013年の決勝を前に、金満クラブの傭兵軍団という批判に、ミシュランを親会社とするクレルモンの方がよっぽど金があると言って(紛れもない事実なんだが)、クレルモンサポーターの間で炎上したムラッド。2年前を振り返って。

 

「おれんちよりミシュランの方が金があるって言ったからって、別に軽蔑することにはならない。この話をしていると、まるで金を持っていることは恥ずべきことのように聞こえるけど、欠陥でも病気でもない。クレルモンのクラブ首脳は盗んだわけでもない。ただ、おれが言いたいのは、おれ、ムラッド・ブジェラルが、ささやかな予算でミシュランが所有するクラブに面と向かう。それだけで勝利だと思うんだ。だって同じディビジョンじゃないもの。毎年20億ユーロの売り上げを誇るミシュランと比べたら、おれなんてお呼びじゃない。だいたいそんな桁までおれは数えられない!!」

「どちらにせよ、クレルモンとトゥーロンは2つの文化だ。おれは誰かに説教垂れるつもりはない。クレルモンの選手とサポーターとは関係なく、クレルモンの親会社の社風はとても道徳的だと思う。おれは、ラグビーっていうスポーツはロックンロールが音楽で占めるのと同じ位置づけだと思っているけど、クレルモンではラグビーをイメージする時、どっちかというとハープかチェンバロって感じなんじゃないか」

 決勝に向かう、今季限りの引退が決まっているカール・ヘイマン、アリ・ウィリアムス、バッキース・ボタについて。

 

「全盛期のバッキース・ボタ、アリ・ウィリアムスじゃない!これが彼らの最後の花道だ。でも、メーターはもうだいぶ回ってる」

 2013年のリメイクとなるクレルモンとのチャンピオンズカップ決勝。

 

「クレルモンの選手はチャンピオンズカップを勝ち取ることを誓い合ったはず。うちはシーズン当初、勝つことじゃなくて、この優勝カップを守ることを目標にした。守りに入ったら、勝ちにいくより弱い」

 3月28日に64819人を集めたヴェロドロームのトゥールーズ戦で、前半を18−7で折り返しながら34−24で、派手な逆転負けを食らった後。

 

「たった一つ確かなことは、今夜、おれたちはもうフランスチャンピオンじゃない。こんな負け方をしたら、もうブレニュスを持っているに値しない。来週リーグに盾を送り返すよ。もし選手が取り返したいのなら、それはあいつらの問題だ」

 

 前年のチャンピオンチームはレギュラーシーズンが終わる3週間前まで(今週末まで)、優勝チームに贈られるブレニュス盾を保持する権利があるのだが、リーグの発表によると実際に直後に送り返されてきたらしい。

 チャンピオンズカップ決勝まであと4日。

 

「今週は難しい。何でかっていうと土曜日が6日間ある。月曜日から、おれたちはずっと土曜日の午後6時だ。そして、多分、勝ち取ったものを失うという新しい感覚を味わうことになるかもしれない」

 

 ムラッドに言わせれば、クレルモンが本命。

 

「軍隊だよ、彼らが本命だ。全ての面で優れている。それに、こんどこそ勝ちたがっている。クレルモントワ(クレルモンっ子)の大攻勢を予想しているよ。でも、ラグビーだ。何が起こるかわからないから、一応トゥイッケナムまで行く。棄権はしない。でも今現在、本命はクレルモンだ。ノーサンプトン戦とマンスター戦を見れば… 今季おれたちはあのレベルの試合はやっていない。彼らに敬意を払いつつゲーム行って、チャンピオンとして最後まで何とか抵抗するよ。彼らはタイトルを勝ち取りにこないと行けないけど、今回は彼らが圧倒的に有利だ」

 

 三連覇は?

 

「ほとんど聖書的瞬間だろう。十戒とトゥーロン3連覇。想像不可能というレベルで言えば、どっちも同じレベルだよ。モーゼの前で海が開いたように、選手が戻ってくるときは港が開くだろう(トゥーロンでは、タイトル獲得のときは、選手、スタッフが船で港に入ってきて、それを全てのファンが迎える)」

 

 両チームのサポーターがロンドンまで行かなければ行けないことに。

 

「フランス側の代表が、イングランドの代表にいいようにしてやられた。サポーターにとっては屈辱だよ。決勝を見るために、クレルモンのサポーターもトゥーロンのサポーターもロンドンまで行かなくちゃいけない。チャンピオンズカップでのトップ14とフランスのクラブの影響力を見れば、フランスの代表は少なくとも決勝をフランスにもってくるべきだった。もし自分がEPCR(欧州プロフェッショナルクラブラグビー。チャンピオンズカップの運営、主催団体)の代表者だったら、決勝はフランスか、そうでなかったら行われなかったって言えるよ。フランスのクラブを守るために戦争をできる人間を選ばなかった」

 

 ゲーム中の緊張ぶりで知られるムラッド。

 

「おれはまだ行くかわからない。ひょっとしたら、一サポーターとして客席にいるかもしれない。わからないよ。かなりキツいだろうから。土曜の夜か日曜の朝か、飛行機乗る時にちょっとだけ荷物が増えているといい。もしこの偉業を達成できたら、選手はサポーターのおかげだと感じないと。誰も成し遂げてない、正真正銘の偉業だから。やってみるよ。全部出し切って、もし死ぬことになるのなら、武器を手にしたまま息絶えるさ」

チャンピオンズカップの決勝を翌週5月2日に控え、今週末のラ・ロシェル戦は大きく変更したメンバーで。

 

「一応勝負はするよ。ただ、たとえ足が30本あったとしても、脳みそは一部しかないだろう。残りはもうすでにトゥイッケナムに行っているはずだから」

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