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ラシン・メトロ92のダン・カーター獲得は正解なのか?−カーターのラシン移籍の表と裏−

2014/12/29

 資産総額5億2000万ユーロと言われるラシン・メトロ92会長ジャッキー・ロレンゼッティが、4年越しの夢をついに叶えた。

 

 2006年に財政難に陥っていたラシン・メトロを買い取った不動産王は、会長就任以来その経済力にものを言わせ、アンドリュー・マーテンス、フランソワ・ステイン、セバスチャン・シャバル、フアン・マルティン・ヘルナンデス、ディミトリ・ザルゼウスキーら国内外の大物を次々と招聘。今シーズン前にも、アイルランド代表ジョナサン・セクストンにウェールズ代表のジェイミー・ロバーツとダン・リディエイトという超大型補強を敢行。それでも未だブレニュス盾には触れられずにおり、ライバルのトゥーロン会長ムラッド・ブジェラルに大きく水をあけられた形になっている。

 

 そのロレンゼッティが、悲願のトップ14優勝のために探し求めていた最後のピースがダン・カーター。この4年間ひたすらそのタイミングを待ち続け、ニュージーランドまで会いに行き、自宅にも招き、カーターの友人であるケイシー・ラウララをマンスターから獲得し、 準備万端整っての最後の口説き文句はラグビー史上最高年棒。カーター自身「将来を考えて、経済面も大事な判断材料だった」と話す年棒は、メディアで語られているところでは140万ユーロから180万ユーロ。90万ユーロでトゥーロンと契約を延長したばかりのマット・ギトーを大きく抜いて(ラシンはカーターの前にギトーの獲得に動いていたが失敗)、ラグビー史上初の100万ユーロプレーヤーの誕生となる。(おかげで、代表で何度も対戦し、現在はラシンのキッキングコーチを務めるローナン・オガラからは「ダン、クラブのみんなのクリスマスをちょっとばかし厳しくしてくれてありがとう。#俺たちにはクリスマスボーナスなし #愛を分けてくれ」と皮肉たっぷりの歓迎のツイートが。)

 

 これが、フランス国内のみならず、欧州ラグビー界に物議を醸し出した。

 

 現在のトップ14のサラリーキャップは1050万ユーロ(フランス代表選手を抱えるクラブは一人につき10万ユーロが上限に加算される。また、出来高払いのボーナスは加算されない。)に設定されており、ロレンゼッティ自身今夏にはトゥーロンがサラリーキャップを無視していると口撃していたこともあり、すでに高額選手を複数抱えるラシンが本当にサラリーキャップを守れるのか訝る声がまず上がった。 ロレンゼッティは、今季既にクラブを去ったエルナンデスとリディエイト(ともに年棒30万ユーロ)とシーズン後のレンスター復帰が決まっているセクストン(70万ユーロ)の分が浮くと念を押した上で、どちらにしてもカーターの年棒は100万ユーロは越えないと嘯いたが、クラブはカーターの年棒を公式には発表していない。一部では、日本側が2019年ワールドカップまでのアンバサダー役も見越して、スーパーラグビー参戦の目玉としての獲得を目指し、 日本協会と所属クラブが折半する形で年棒2億円を提示したとも言われており、少なくとも同等のサラリーをラシンから受け取ることになるというのが大方の見方である。

 

 ただ、いかにサラリーキャップに空きができると言っても、2億円は大きすぎる上、他選手との兼ね合いもある。そこでロレンゼッティが見つけたカラクリが次のようなもの。まずクラブからは、サラリーキャップの対象となる基本給とグッズ販売などの肖像権料がそれぞれ50万ユーロ。それとは別に2016年末に完成予定のラシン・メトロ92の将来のホームスタジアム、アレナ92との肖像権の使用契約料が30万ユーロ。アレナ92の施工、運営を担っているのはロレンゼッティの系列会社で、この契約はクラブとの本契約の署名以前に、それとは別に結んだものという口実でサラリーキャップの対象から逃れることになる。そして残りが、カーター自身が長年パートナー契約を結んでいるアディダスからのスポンサー契約料。欧州ラグビー界でのシェアをさらに伸ばしたいアディダスにとっては、カーターがパリでプレーしてくれる方がこれからの宣伝がやりやすく、ラシンとの契約は渡りに船。現在アディダスは同じパリのライバル、スタッド・フランセのオフィシャル・サプライヤーとなっているが、今季限りの契約となっており、なぜか見事なタイミングで来シーズンからはラシンにユニフォームを提供することが決まっている。これらを総合してはじき出された金額が、150万とも180万ユーロとも言われるカーターの総年収ということになる。

 

 一方、フランスでラシンのカーター獲得が発表された翌日、トーバー海峡の向こうではサラセンズの最高経営責任者のエド・グリフィスが、リーグの意向を完全に無視して現行のサラリーキャップを破棄する旨をクラブとして公式に発表。他のプレミアシップ7クラブも足並みを揃えており、カーターに加え、アダム・アシュリー・クーパー、マア・ノヌー、ウィル・ゲニアら移籍市場の有力選手の獲得をことごとくフランスクラブによって阻まれたプレミアシップの有力クラブが痺れを切らした格好だ。トップ14と比べて、日本円にして6億円近くも低く抑えられているプレミアシップのサラリーキャップが有力選手の獲得の妨げになっていることは明白な一方で、プレミアシップが今シーズンから4年間にわたって受け取る放映権料は約260億円と、ワールドカップを来年に控え、イングランドでのラグビーの経済価値は現在うなぎのぼり。選手の流出に加え、ハイネケンカップでも現在トゥーロンに2連覇を許しており、ますます国際化が進むプロラグビーの中で、プレミアシップのクラブがトップ14のクラブに対してこれ以上競争力を失わないためにはサラリーキャップの撤廃は不可避で、それがプレミアシップの質を高めさらなるファンを呼ぶことになり、その絶好の機会が今であるというのが有力クラブの主張で、プレミアシップは急ぎ対応を迫られることになる。

 

 ラシンにとっては、これだけの高給を払っても、集客力、グッズの販売、スポンサー料を考えれば、高い買い物ではないとロレンゼッティは説明するが、ここ数年怪我がちな上にクラブ加入時には33歳になっているカーターに対しての高額の3年契約は賭けとも言える。協会との契約に守られて年間試合数を制限されてきたカーターが、世界で最もハードなスケジュールのトップ14でどこまでコンディションを維持できるかが焦点となるが、カーター同様来シーズンからのフランス代表スタンドオフレミ・タレスの加入が決まっており、またスプリングボクスのクラックヨハン・グーセンもおり、ラシンはカーターを休ませながら使うことができる。

 

 カーターの加入で、来季のラシン・メトロのバックラインは、スクラムハーフにフランス代表のマキシム・マシュノーとウェールズ代表のマイク・フィリップス。センターラインには同じくトリコロールのアレクサンドル・デュムラン、アンリ・シャバンシー、ウェールズ代表のジェイミー・ロバーツらを揃え、バックスリーにも11月の代表デビュー戦で3トライをマークしたウィングのテディ・トマ、フランス代表の15番を争うブリス・デュランらに、マーク・アンドルー、フアン・イモフらを並べる豪華な陣容。「ダンとプレーすることで、他の選手はそのポテンシャルを10%から20%引き上げることになる」と話すバックスコーチのローラン・ラビットの期待通りになれば、カーターのタクトの下で欧州でも1、2を争うアタックラインが躍動することになる。

 

 また、プレーの面以外でも、真のプロフェッショナルであるカーターがチームにもたらすものは少なくないはず。2008−2009年シーズンに7ヶ月だけ当時トップ14のペルピニャンに在籍した折には、5試合のみの出場でアキレス腱を断絶しシーズンを棒に振ったが、当時の監督ジャック・ブリュネルは、「怪我をしてからも、ダンのチームに対する貢献は非常に大きかった」と、優勝したチームの中での、グラウンド外でのカーターの働きを賞賛している。

 

 「私はポーカープレーヤーではない。数年前にジョニー・ウィルキンソンの獲得を持ちかけられた時は、すべて調べた上で、3シーズンで年間平均6試合しかプレーしていなかったから無理だと言って獲得を見送ったら、ブジェラルはそれに賭けた。ラシンはもっと合理的なんだ。多分、時に合理的過ぎる程だ。はっきり言うよ、カーター獲得は熟慮を重ねた上での、純粋にスポーツ的な選択だ」とロレンゼッティは言う。

 

 ウィルキンソンに賭けたトゥーロン会長は、ハイネケンカップを2連覇し、トゥーロンに22年ぶりのブレニュス盾をもたらして、今やヨーロッパナンバーワンクラブの名を手に入れた。カーターの獲得は賭けではないと語るロレンゼッティ。悲願のトップ14優勝に手が届いたとき、その言葉が証明される。

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