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イングランドのジレンマ –昨シーズンの欧州最優秀選手をホームでのワールドカップで見られない?−

2015/04/12

 自国でのワールドカップ開催まで半年を切って、イングランドが大きなジレンマに陥っている。

 

 4月5、6日の週末にゲームが行われたヨーロッパチャンピオンズカップの準々決勝。今シーズンプレミアシップの首位を独走するノーサンプトンがフランスのクレルモンに35−5と完敗。ワスプスもハイネケンカップから続く3連覇を狙うトゥーロンの前に32−18で敗れ、サラセンズがラシンメトロ相手にラストプレーで逆転ペナルティゴールを決め辛勝したものの、イングランドクラブのフランスクラブに対する劣勢が明らかになった。

 

 クレルモン−ノーサンプトン戦では、今シーズンプレミアシップのバースから今やヨーロッパの強豪へと成長したクレルモンに移籍したフルバックニック・アベンダノンが、90メートル独走トライを含めマンオブザマッチの活躍。トゥーロン−ワスプス戦でも、フルバックのディロンとフランカーのステフォンのアーミテージ兄弟がトゥーロンの勝利に大きく貢献し、どちらの試合でもフランスのトップクラブに移籍した元イングランド代表プレーヤーが母国にいるファンとメディアの注目を集めることになり、ここ2、3年燻っていた問題が一気に再燃することになった。

 

 2011年のワールドカップ以降、イングランドラグビー協会は代表チーム強化の名の下に、国外のリーグでプレーする選手は代表に招集しない方針を貫いてきた。イングランドラグビー協会とプレミアシップとが協定を結び、各クラブはワールドラグビーによって定められた代表デー以外でもイングランド代表の合宿のためにクラブの代表選手を供出する代わりに、協会から供出選手の代表での活動日数に応じた補償金が支払われるようになっており、また代表選手の疲労過多を避けるためクラブでの年間試合数も制限されている。これによりイングランド代表は各大会前により多くの練習を組めるようになり、一方でクラブ側にとっては代表選手を使えない試合が若干増えるものの、代表レベルの選手を現在世界一裕福なトップ14の強豪クラブに高給で引き抜かれることを阻止でき(プレミアシップも経済的には大成功を収めており裕福なクラブも多いのだが、サラリーキャップの上限がフランスの方が高い)、プレミアシップにとってもリーグのレベルと人気を維持できるという利点がある。

 

 イングランド以外のリーグでプレーする選手はこの協定外となるため代表デー以外での招集にはクラブの許可が必要となり、思ったように練習をプログラムできなくなるというのが、他国リーグでプレーする選手は「特例」を除き代表候補外とする表向きの理由だが、この規定のせいで、現在フランスでプレーし代表級のパフォーマンスを見せている上記の3人にチャンスすら与えないまま自国開催のワールドカップに向かうというのはナンセンスだという声が、先日のゲーム後に各方面から噴出。元イングランド代表キャプテンウィル・カーリングや代表35キャップで自らもトップ14のビアリッツでプレーしたイアン・バルショーは、「ワールドカップにはベストプレーヤー連れて行くべき」と声を揃え、2003年にイングランドに唯一のワールドカップをもたらした監督クライブ・ウッドワードも、「フランスに行ったイングランド選手の何人かはもっと良くなった。プロ化された今日、彼らを罰するのは間違っている」と擁護。

 

 一方で、レスターの代表フッカートム・ヤングスは、海外に行った選手はその時点で代表を諦めることになるのはわかっていたはずで、彼らを呼び戻すのは代表のために高給を捨ててイングランドに残った選手に対してフェアではないと主張。ハーレクインズの監督コナー・オシェアも、代表のまとまりを乱す危険を指摘し、一度「特例」を認めればこの規定が形骸化し、代表選手が国外に流出することになりかねないと反対(一方で、南半球のプレーヤーを買い漁るトップ14のクラブに危機感を募らせるプレミアシップのクラブは、サラリーキャップ撤廃に向けて動き出している)。

 

 

 

 3人の中でも、特にステフォン・アーミテージは昨シーズン中から常に話題に上がり、今シーズンに入ってからも、結局トゥーロンに断られたが、10月にバースが30万ポンドの移籍金で獲得を申し込むと同時に、代表復帰を見込んでイングランド協会に獲得のための金銭援助を申し込むなど(協会は拒否)、代表復帰の動きは常にあった。そのプレーの読みとポジション取りの良さ、ラックでの驚異的な重心の低さでヨーロッパ一のジャッカルの名手で、アタック面での爆発力あるスピードとテクニックも超一級品。昨季はシーズンを通して出色のプレーを見せ、トゥーロンのハイネケンカップとトップ14の2冠制覇に貢献。同じトゥーロンで引退を完璧な形で飾ったウィルキンソンを差し置いて、文句なしの欧州年間最優秀選手に選ばれた。今年も好調を続け、6日の試合ではイングランド代表で似た役割を担っているワスプスのジェームス・ハスケルを霞ませるプレーぶり。またベン・モーガンの怪我で、ビリー・ヴニポラに次ぐナンバーエイトを探しているイングランドにとっては、第3列ならどこでもこなせるアーミテージは最適の存在。インパクトプレーヤーとしてリードされている場面での投入も期待でき、そして何より、現在のイングランド代表に欠けている相手ラックでのターンオーバーをもたらすことができる。シックスネイションズ前にも代表復帰が噂されたが、12月に起こしたトゥーロンでのバーでの暴行事件が現在も捜査中(本人は関与を否定)というのも影響したか、結局スチュアート・ランカスターは「特例」の禁を破ることはなかった。それでも、大会中もアーミテージ招集を望む声はあちこちから聞こえ、再度トゥーロンのプレーを見たランカスターも、真剣に検討せずにはいられない状況のはず。

 

 フルバックのアベンダノンとディロン・アーミテージに関しては、実際にはステフォンよりも復帰の可能性は低い。

 

 アベンダノンはバース時代からアタックセンスは抜群だったが、チャンスがあればどこからでも攻めるクレルモンのプレースタイルに完璧にフィットし、まさに水を得た魚。難があったディフェンスも格段の進歩を遂げ、波のあったプレーぶりも安定。ヨーロッパでも一二を争う選手層のクラブで移籍1年目からフルバックで必要不可欠な存在になり、キャリア最高のシーズンを送っている。

 

 ディロン・アーミテージはトゥーロンに来てから気まぐれで波の激しいプレーぶりが改善され、その驚異的な身体能力が活かせるようになり、今シーズンクラブではウェールズ代表フルバックリー・ハーフペニーをはるかに上回るプレーを見せている。

 

 それでも二人に関しては、ここしばらく代表フルバックに定着しているマイク・ブラウンがシックスネイションズでの脳震盪からの回復に時間がかかっていることもあり出てきた待望論の部分もあり、チームの和を大事にするランカスターがバッドボーイで知られているディラン・アーミテージを現在のグループを壊してまで呼ぶとは考えづらいし、アベンダノンに関しては代表のテストマッチでクレルモンでのようなプレーができるかという疑問が残る。

 

 マイク・ブラウンに何の不安もなければ先発フルバックは決定だろうが、もし二人が現在クラブで見せているパフォーマンスを代表チームでも見せることができるのなら、どちらかをワールドカップに連れて行く価値はある。ジャック・ノウェル、アンソニー・ワトソン、ジョニー・メイらイングランド代表ではウイングでプレーしている選手も全員フルバックでプレーでき、スペシャリストであるサラセンズのアレックス・グッドもいるが、それぞれワールドカップでフルバックを任せるにはいささか不安が残る。度重なる怪我から今シーズンついに復活、開幕から素晴らしいプレーを見せシックスネイションズでの代表復帰が予想されていたノーサンプトンフルバックのベン・フォデンは1月に左膝の前十字靭帯を断絶し、ワールドカップに間に合うかは微妙なところ。チーム内の競争を促す部分も含めて、アベンダノンとディロン・アーミテージをワールドカップ前の長期合宿のメンバーに入れ、チームにフィットできるか見るというのは選択肢の一つではある。

 

 メディア、ファン、関係者の中で今になってこの論争が大きくなるのは、ワールドカップに向けた不安というよりも、自国でウェブエリストロフィーを掲げることができるかもしれないという期待の現れだろう。怪我の功名で、シックスネイションズでスタンドオフをオーウェン・ファレルからジョージ・フォードに替えたイングランドは、今までよりもはるかに攻撃的で創造性に溢れたラグビーを見せ、優勝まであと一歩のところまで迫った。これが、全てのイングランドファンに、ベストのチームならワールドカップ優勝も狙えるという希望を与え、欲を出させることになった。

 

 安全なチームを作ってそこそこの結果に満足するのではなく、攻めにいって最高の結果を狙う。実はランカスターとイングランド代表がやろうとしているラグビーでもある。ステフォン・アーミテージはどうしてでもワールドカップには連れて行くべき。アベンダノンとディロン・アーミテージは本人達がこのパフォーマンスを続けることが前提で、あとは現在の代表メンバーのシーズン後半に向けたパフォーマンスとの兼ね合い次第。

 

 もし、彼らを国内ルールだけを理由に代表に呼ばずにイングランドが死のA組を突破できなかったら、またはベスト8で敗退ということになれば、ランカスターが非難を受けるのは目に見えている。ウェールズや南アフリカも、協会は代表選手を自国リーグに食い止める方向で進めているが、このような形でベストプレーヤーをワールドカップで見られないのは、必死の努力をしてきた本人達にとっても、ファンにとっても残念極まりない。忘れてはいけないのはアベンダノンもアーミテージ兄弟も、イングランド代表を捨てたわけではなく、しばらく呼ばれていない状況だったところで海外移籍を決断し、ウッドワードが言うように違う環境に身を置くことで成長し今のレベルアップに繋がったのである。

 

 ワールドカップに向けた合宿に招集される45人が発表されるのは5月半ば。「特例」を使えばイングランドラグビー界と代表チームの両方に爆弾を投じることになるランカスター。母国でのワールドカップという大舞台に向けて、その勇気はあるか。

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