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オーストラリア「国内条項」撤廃 —マット・ギトー・ルールでイングランドが大騒ぎ—

2015/04/24

「おめでとうオーストラリア。海外でプレーしているベストプレーヤーを代表に呼ばないという馬鹿げたポリシーを捨てたのは、理に叶った判断だ。これでイングランドがますます時代遅れに見える」

 

 オーストラリアラグビー協会の条件付き「国内条項」撤廃にそう言い放ったのは、2003年に初めてラグビーの母国にワールドカップをもたらしたサー・クライブ・ウッドワード。

 

 これまでニュージーランド同様、国外でプレーする選手は代表選考対象外としてきたオーストラリアラグビー協会が、60キャップ以上を獲得し協会と7年以上契約下にあった選手に限っては、海外でプレーしていても代表選考対象とすることを発表。

 

 国内条項撤廃とはいっても、実は条件はかなりシビア。タレント溢れるワラビーズで、7年以上に渡って代表でプレーし続け60キャップを獲得するというのは、正真正銘の名選手の証。現役選手でこの数字を満たしているのは、現在フランスでプレーするジョージ・スミス(111キャップ)、マット・ギトー(92キャップ)、ドリュー・ミッチェル(63キャップ)に、来季からのトップ14ボルドー・ベグル加入が決まっているワラタスのアダム・アシュリー・クーパー(104キャップ)、スティーブン・ムーア(92キャップ)、ベン・アレクサンダー(72キャップ)、ベン・ロビンソン(72キャップ)、ジェームス・スリッパー(63キャップ)の8人のみ。また、ワールドカップ後の欧州移籍が決まっているジェームス・ホーウィル(58キャップ)、ウィル・ゲニア(58キャップ)、クエイド・クーパー(53キャップ)、セコペ・ケプ(52キャップ)らは、ワールドカップの成績次第ではこの条件を満たすことになる。

 

 赤字経営のオーストラリアラグビー協会が(2014年は630万豪ドルの損失)、海外(特にフランス、日本)からの高額契約を受け取るスター選手を国内に引き止めておくことができなくなったがゆえの苦肉の策だが、もし来季から海外移籍する選手を代表に呼び続けるためだけなら、条項の発効はワールドカップ終了後でいい。ワールドカップ前にわざわざ実行に移したということは、現在フランスでプレーしハイレベルなプレーを見せている上記の3選手、特にマイケル・チェイカが高く買っているマット・ギトーをワールドカップに連れて行くためという見方が強く、早速、今回の条項を「マット・ギトー・ルール」と呼ぶ声が、本国でもヨーロッパでも聞こえている。

 

 そんな中、この発表に大きく反応したのが、9月に迫ったワールドカップで、オーストラリア、ウェールズ、フィジー、ウルグアイと同じ「死の組」に入っているホスト国のイングランド。トゥーロンのハイネケンカップ2連覇に大きく貢献し(今年も決勝進出)、現在世界で最も完成されたセンターと評されるギトーのパフォーマンスを、イングランドのメディアもファンもよく見て知っている。スタンドオフでもプレーでき、現在のオーストラリア代表にはいないタイプのギトーの代表入りはイングランドにとっては大きな脅威。その上、ギトーと同じトゥーロンでプレーする、昨年の欧州最優秀選手であり、今年も最終候補の5人に残っているフランカーのステフォン・アーミテージを、国内条項に拘るイングランド代表が招集しないでいることもあり、メディアがこぞって書き立てることになった。

 

 特に、以前からアーミテージを招集すべきだと訴えているウッドワードは、「マット・ギトーとドリュー・ミッチェルはトゥーロンでトップクラスのパフォーマンスを見せている。もしワールドカップで、イングランドがこの二人のプレーするオーストラリアに負けたら、新聞の一面は容易に想像がつく。ワールドカップは、純粋に世界最高の選手が集まる舞台だ。こんな馬鹿げた規則はその品位を落とすだけだ」と、再び強くイングランドラグビー協会のスタンスを批判。

 

 先週末のチャンピオンズカップ準決勝レンスター戦でも、途中出場のステフォン・アーミテージが、そのジャッカルとボールキャリアで劣勢だった試合の流れを変えたことに触れ、「もしアーミテージがロンドンアイリッシュに残っていたら、今ほどいいプレーをしているとは思わない。彼は大きなリスクを払って、それが報われたんだ。そのせいで罰を受けるべきではない。もし一人か二人のイングランドのバックローが、アーミテージを代表で見たくないと言っているなら(ここ数週間、もしアーミテージが招集された場合には同じポジションを争うことになるトム・ウッドとジェームズ・ハスケルが公に、海外でプレーする選手招集に反対のコメントを出していた)、それこそがアーミテージは代表にいるべきだってことの証明さ!」と、純粋にパフォーマンスで判断するべきだと強調。

 

 「ニック・アベンダノンも、ドーバー海峡を渡って良くなった」と、今季イングランドのバースからフランスのクレルモンに移籍し、シーズンを通して圧巻のプレーを見せて、アーミテージ同様、欧州最優秀選手の最終候補のショートリストに残っているもう一人のイングランド人プレーヤーも言及し、もし選手がより幸せで、より良いコンディションを維持でき、選手としてレベルアップできるなら、選手としては当然の判断で、それで代表招集を妨げられるべきではないとし、「それが証拠に、ジョニー・ウィルキンソンはフランスに行ってからイングランドにいたときよりも良くなった。もしジョニーがフランスでプレーしていたとして、私が代表に招集するか?当然呼ぶよ」と、南仏の暖かい気候のおかげでさんざん悩まされた怪我から解放され復活した、ウェブエリストロフィーを共に掲げた愛弟子を例に挙げる。

 

 一方で、アーミテージの招集に関して反対の立場をとる者も多く、自国のスター選手の海外流出による国内リーグの人気低下への不安と、流出阻止のためのサラリーアップという危惧が、プレミアシップと各クラブにはある。また、先日プレミアシップが、イングランド以外の代表選手はワールドラグビーによって定められた日程以前には、クラブの活動を優先させ各国のワールドカップ合宿には合流させないことを発表したように、もしイングランド選手が他国リーグでプレーすることになれば、基本的に同様のリスクを背負うことになり、思うように代表練習に呼べなくなる恐れがあり、年間の試合数の制限も難しくなる。

 

 海外でプレーすることで選手個人はレベルアップ(当然サラリーも)できる一方で、逆に代表活動を阻害する一面も持つことになるというジレンマが、現在、イングランドだけでなく、ニュージーランド以外のどこの国もが抱えている悩みであり、解決のためには、ワールドラグビーは数年来議論の的になっている国際カレンダーを調整し、現在のプロ化したラグビー界を支えているクラブラグビーとの合流点を真剣に探す必要があるが、容易ではない。逆に言えば、それができていないからこそ、アイルランド、ウェールズ、南アフリカなどが、「時代遅れ」な国内条項を可能な限り適用させようとしているわけである 。

 

「本当に大事な試合では、他のイングランドプレーヤーは最高のチームを欲しがる。全ての選手、ファン、イングランドの人たちが、イングランドにワールドカップを勝ってほしいと願っている。それはまずベストのチームを選ぶことから始まる」

 

 ウッドワードのこの言葉が、純粋にイングランドの優勝だけを望む者の想いを代弁している。

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