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スポーツにポジティブディスクリミネーションは必要なのか—南アフリカ協会、スプリングボクスの黒人選手比率を強制的に50パーセントまで引き上げることを決める—

2014/10/02

 どこの国でもトップスポーツはその社会を映し出す鏡。今夏のサッカーブラジルワールドカップでは、多くの移民2世3世を擁したドイツが見事に優勝を飾り、1998年のフランス同様、ナショナルチームは他民族国家の象徴として国民から絶大な人気を得た。

 

 ワールドカップのほとぼりも冷めた8月、ブラジルから大西洋を挟んだ南アフリカで、ノーベル平和賞受賞者のデズモンド・ムピロ・ツツが南アフリカラグビー界に一石を投じる投稿を日刊紙に寄せた。「黒人選手が代表チームの少数に留まっていて、その才能を証明するチャンスも与えられず成功できないでいるのを見るのは非常に心が痛む」と、アパルトヘイト廃止以来20年に渡って議論の的になっているスプリングボクスでの黒人選手の少なさについて言及し、黒人になかなか門戸を開こうとしないラグビー界の取り組みのスピードを「亀の歩み」と批判。

 

 スポーツ省からも同様の警告をすでに受けていた南アフリカラグビー協会は9月に入ってから、2019年までにスプリングボクス及び各クラブの白人選手と非白人選手の割合を半々にするという計画を発表(「非白人」選手という微妙な言い方になるのは、純粋なブラックアフリカンと混血選手との間にも境界線を引くことになるため)。南アフリカラグビー協会が定める2019年のチーム編成は、クラブチームにおいても代表においても、30%がブラックアフリカン、20%が混血選手、残りの50%が白人という比率になることを求めている。全人口のうち80パーセントをブラックアフリカンが占め、白人と混血が9%ずつを分け合うという南アフリカ共和国だが、現在開催中のラグビーチャンピオンシップ期間中、第4節までのスプリングボクス内での「非白人率」は12%のみ。純粋なブラックアフリカンに限ってはジンバブエ生まれのテンダイ・ムタワリラとトレヴァー・ニャカネの2人のみで、ブライアン・ハバナ、JP・ピーターセン、コーナル・ヘンドリックスらは混血選手である。

 

 2019年までに順次非白人選手の割合を高めていくという計画だが、すでに2015年シーズンに関しては、「罰則は課されない」としつつも、ベンチ入り23人のうち7人、スターティングメンバーのうち5人を非白人選手とするべきという数値目標が発表されており、代表ヘッドコーチであるハイネケ・メイヤーも、ワールドカップの選手選考において7人の非白人選手を「選ばなければいけない」ということになる。第5節となった先週末のオーストラリア戦では、昨シーズン一気に頭角を現したとはいえスーパーラグビーで5回しか先発経験のないテボホ・モホジェが、経験に勝るスカルク・バーガーを差し置いてスターティングラインナップに名を連ね、メディアは早速「色」のせいでバーガーが先発を外れたと新規定の影響を指摘。ちなみにこの規定、コーチや監督についても適用され、2019年にはそれぞれ50%、40%を非白人とし、育成機関においては選手の80%を非白人とするということを定めている。

 

 アパルトヘイト時代には非白人選手は代表チームでプレーする資格を持たず、「スプリングボクス」というニックネーム自体、白人のみの代表チームを示す白人支配階級のアフリカーナーの言葉であり、アパルトヘイト廃止時にはこの愛称自体をなくすべきだという議論まであったほど。今でもラグビーは主に富裕層の白人がプレーするスポーツというのは変わらず、非白人の貧困層にはプレーする環境が整っておらずもっぱらサッカーに向かう傾向があり、サッカー代表チームのバファナバファナとボクスの顔ぶれを見比べればその差は一目瞭然。南アフリカラグビーの現状は、そのまま階級格差を示したものであり、目標達成には貧困層が若年代からラグビーに触れ合える環境を整えることが重要となり、協会のみならず政府と手を取り合っての社会全体の改革が必要となる。

 

 新規約が非白人系への門戸を開く手助けになるのは確かだが、いかに黒人の社会進出が白人に比べていまだに遥かに難しい南アフリカといえども、アファーマティブアクションをスポーツの世界に持ち込むことが相応しいのか。すでにアフリカーナーの権利の保護を目指す団体アフリフォーラムは、新規約に対して裁判所に上訴、国際スポーツ裁判所への提訴も視野に入れている。「私たちのラグビーを弱体化させることになる。アメリカを見て欲しい。バスケットボールの代表チームに、白人枠なんてないだろう。肌の色に関わらず、すべての選手にとって不公平な規約だ」と、アフリフォーラム会長のカリー・クリールは述べているが、規約がこのまま実行され続ければ、プレー機会を奪われる形になる白人選手は他国での代表入りも視野に入れ、今以上にますます若い時期からヨーロッパに流出することになるのは確か。そもそも、実力で勝ち取ったポジションでなければ、選手たち自身のプロ意識が許さないはず。

 

 変化を目に見える形で示し、非白人系の子供たちに夢を与えるためにも今回の変革は有効だが、ラグビーこそあらゆる壁を越えて純粋な実力主義であるべき。モホジェの件に関してキャプテンを務めるジャン・デヴィリアスは、「何人かは色だけで選ばれたなんて、いくつかのメディアが侮辱するのを見たけど、彼らは実力で選ばれた。こんな記事を読むのはこれが最後であって欲しい」と、メディアに対して不快感を示したが、現状では実際にこの5年計画が完遂されるかどうかには、南アフリカ内外を問わずいまだ懐疑的な見方も多い。

 

 ツツは言う。「国として、私たちの幸福のために—その比率やアファーマティブアクションによらず、またショーウィンドーとしての役目でもなく、実力によって選ばれた—私たちの象徴である虹のすべての色を体現するスプリングボクスが、南アフリカには相応しい」。規定の有無に関わらず、レインボーネーションの名の通り肌の色に囚われないチームが出来た時、最強のスプリングボクスが誕生する。

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