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80分間で2度ノックアウトされたジョージ・ノース―脳震盪への真剣な対応が叫ばれる―

2015/02/13

 予想された通り、水曜日に発表されたマレーフィールドでのスコットランド戦に向けたウェールズ代表メンバーの中に、ジョージ・ノースの名前はなかった。

 

 先週金曜日のミレニアムスタジアムでのイングランド戦。既に前半にイングランドのアトウッドのキックを偶然頭に受け、脳震盪のプロトコルで一時退場していたノース。後半61分、ブラウンを捕まえようとしたときに、タックルに来ていた味方フッカーのヒバードと衝突し、ノックアウトされたボクサーのごとくそのまま崩れ落ちた。そばにいたイングランドウイングワトソンが気遣って声をかけ、ウェールズのメディカルスタッフもすぐに駆けつけたのだが、脳震盪のプロトコルは実施されず、すぐに立ち上がったノースはそのまま試合終了までプレーし続けた(https://www.youtube.com/watch?v=LrWDOZmhqmg)。

 

 これが、選手の安全を無視して、ウェールズ側がノースをプレーさせ続けたいためにわざとチェックをしなかったのではないかと、試合後問題となった。ワールドラグビーが緊急の調査を実施し、2度目の衝突に関してはウェールズのメディカルスタッフもマッチドクターも見ていなかったという説明を受け入れたものの、「2度目の衝突の後、ノースはグラウンドに残るべきではなかった」と発表。

 

 問題の場面では、ノースのコンタクトの後にプレーが切れ、そのままビデオ判定が行われていたため、直後にはノースのノックアウトシーンはスタジアムのスクリーンに映されず、グラウンドレベルにいたメディカルスタッフはその場でリプレイを見る事ができなかったというのは事実だろう。スタンドから見ていたイングランド監督ランカスターも、「とても難しい。私は見ていなかった。ほかに誰か見ていたのかもわからない」と答えている。

 

 ワールドラグビーの指針では、脳震盪の疑いのあるプレーヤーはグラウンド外で10分間のプロトコルの時間が与えられ、疑いが残る場合はゲームには戻れないことになっている。ビデオを見れば今回のノースに関しては完全にそれに当てはまり、上記の発表となったわけだが、現行のシステムではカバーしきれていない穴があるという証明にもなった。また、ノースは昨秋のニュージーランド戦でも脳震盪で退場しており、選手の健康と安全の確保が再度議論されることとなった。

 

 ノースのウェールズ代表のチームメートで自ら医師免許を持つジェイミー・ロバーツは、チームのメディカルスタッフに対する信頼を強調した上で、「ここ10年でレフェリーがビデオ判定を使えるようになった過程を見るといい―トライの有無とか何か起こった時とか―、でもメディカルに関してはそうじゃなかった」と、脳震盪などの怪我の場合にもビデオでのチェックをするよう提案。ランカスターも、「脳震盪の判断のためにビデオが見られるようになれば大違いだろう。わたし個人の見解だけど、トゥイッケナムではそれが可能なようにするつもりだよ」と、急ぎ次のホームゲームで対応できるよう手配する意思を見せた。

 

 イングランドラグビー協会とプレミアシップが2002年から作成している選手の試合及び練習での負傷、事故に関するレポートによると、イングランドのプロレベルでは、怪我全体の数値は横ばい状態であるにも関わらず、2011−12シーズンには1000時間で3,9件だった脳震盪が、2013−14シーズンには同じ1000時間で10,5件とほぼ3倍に増加。これは、数字の大小はあれ、イングランドのみならず世界中で見られる傾向である。近年、代表レベルだけでも、ニュージーランド出身の元イングランド代表センターのションテイン・ヘイプやスコットランド代表フルバックロリー・ラモントらが脳震盪の影響で引退を余儀なくされ、現在もその後遺症に悩まされていることを明かしている。女子ラグビーでも、フランス代表キャプテンだったスクラムハーフのマリー・アリス・ヤエが「KOの連続」でドクターストップを受け、母国でのワールドカップを数ヶ月後に控えながら昨年引退を余儀なくされている。

 

 脳震盪の増加の一番の理由は、一見矛盾するようにも感じられるが、ラグビーのプロ化によってもたらされた選手の身体能力の向上と肉体強化及び、それに伴うゲームの変化。レベルアップと怪我防止のために、以前よりも速く、重く、強くなった選手の身体は、立派な武器。元アイルランド代表フルバックで、IRBの医療部門の最高責任者を務めるも、2012年にIRBが「脳震盪は5分のプロトコル」を導入したのに反対し辞任した医師のバリー・オドリスコルは(昨年引退したアイルランドの英雄ブライアン・オドリスコルの従伯父。ちなみに、ブライアンのパパ、フランクも元代表で医者。バリーの弟のジョンも同様。「代表兼ドクター」―アマチュアという時代を考えれば「ドクター兼代表」か―というスーパーファミリー)、「彼らは新しいゲームをしている。そしてこの全く異なったゲームの実験台になっている。私がプレーしていた頃は、みんな今の半分の体重で、ギャップをついて抜こうとしていたから、タックルは外に広げた腕でなされていた。現在は、体重のある選手はヒットするためにわざと相手選手にまっすぐ突っ込んでいって、ギャップができるまでそれを続ける。私たちはまだ脳については少ししか知らない。学ぶ事が山ほどあるのに、現状では選手は実験台にされている」と警鐘を鳴らし、「5分から10分に延ばしたところで何の意味もない。体裁を繕っているだけだ。このレベルで今やらなければいけない事は、もし脳震盪の疑いがある場合は、すぐにゲームから退場させて休ませる事だ」と現在のシステムを真っ向から批判。

 

 現在、はっきりと脳震盪の症状が見受けられた場合には、1度目の場合は最低3週間のドクターストップがかけられ、医師の許可が出るまでは戻って来られないことになっており、アイルランド代表のスタンドオフジョナサン・セクストンがイタリア戦に欠場したのはこれだったが、試合中のプロトコルがすべて正しく行われているかについては、疑問が残るところ。昨年5月には、トップ14の試合でトゥールーズが、頭から血を流し完全にKO状態だったフロリアン・フリッツを試合に戻したことが国境を越えて物議を醸し出し(https://www.youtube.com/watch?v=LrWDOZmhqmg)、IRBが調査を要求、フランスプロリーグの調査で「プロトコルは正しく行われなかった」と結論づけられたものの、トゥールーズは何の罰則も受けずに終わっている。

 

 また、近年多くのチームで採用されているブリッツディフェンスも要因の一つに挙げられている。時間とスペースを与えないよう可能な限りのスピードでディフェンスラインを押し上げる上、アタック側のプレーヤーにとっては、ボールとは逆のアウトサイドからタックラーがくるので視野に入りにくく、「ばっくり」となることも多い。

 

 それでも、ラグビーがラグビーであり続けるためには、選手に体重制限を設けることや、「半身ずらしてあたらなければならない」や「ビッグヒット禁止」なんてルール改正は、当然不可能。また、 実生活で青信号を渡っていても事故に遭う可能性はあるわけで、コンタクトスポーツであるラグビーをプレーする限り、今回のノースの件を見てもそうだが、どんなに鍛えていても、どんなに正しい身体の使い方をしていても、避けられない事故は起こる。やるべきことは、その事故が起きる確率をできる限り減らす努力をした上で、それでも起こりうるという前提で、起きてしまった時に最善の対応ができるように準備をすることなのだろうが、 脳震盪そのものの研究がまだ道半ばということもあり、現在のラグビー界では脳震盪とその後遺症についての認識がまだ甘い(例えば、すべてのレベルでのヘッドギアの着用義務化など、有効で簡単にできそうなものなのだが、僕自身ラグビーをプレーしていた経験からすれば、健康などとはほど遠い、ある意味非常にばからしい理由や感情論で、反対する選手や関係者がいることは容易に想像できる)。

 

 世界での更なるラグビーの普及を目指す上で、選手の安全を最重要事項として掲げているワールドラグビー。今回の件を受けて、脳震盪のガイドラインに関してワールドカップまでに新たな指針を打ち出すことをすでに表明している。ラグビーをプレーする選手たちは誰もが、危険を承知で、それぞれ個人差こそあれ、ある種の覚悟を持って毎試合を戦っている。その崇高な思いに見合う環境を、ワールドラグビーは急ぎ整える必要がある。

 

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