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ジョー・シュミットと生まれ変わったアイルランド —シックスネイションズレビュー—

2014/04/06

 確かに、アイルランドのサポーターは彼が錬金術師だというのは知っていたのだが…

 ジョー・シュミット。2010年にヴァーン・コッター率いるフランスのクレルモンで、バックスコーチとして悲願のブレニュス盾の獲得に貢献すると、来たるシーズンにレンスターにヘッドコーチとして招聘され、初年度からクラブをハイネケンカップ優勝に導くと、Pro12でも決勝まで駒を進める。翌シーズンも、ハイネケンカップを連覇、Pro12でも再度決勝まで進み、最後のシーズンとなった2012−2013シーズンには念願のリーグタイトルを獲得し、欧州チャレンジカップでも優勝と、ここ数年タイトルを獲らなかったシーズンなしという、ほぼ完璧な履歴書を携えて、アイルランドラグビー協会から三顧の礼で代表監督として迎え入れられたのが昨年夏。直後の秋のテストマッチ3戦目、ダブリンはアビバスタジアムに自身の母国であるニュージーランドを迎えると、ラストプレーのトライとコンバージョンで逆転されるまで王者と互角に渡り合い、シュミットにとって初めての6カ国対抗となった今大会で、昨年1勝1分けの5位という結果に終わっていたチームに銀の賜杯をもたらした。

 

 「もしフランスの監督がジョーだったら、負けていたのは僕らだっただろうね」と、レンスターでもシュミットの薫陶を受けたジョナサン・セクストンが優勝を決めたパリでの試合の後に持ち上げたように、このニュージーランド人監督の名声は、師であり次期スコットランド監督への就任が決まっているコッターのそれをも上回り、今やヨーロッパで最高の策士の一人であるのは誰もが認めるところ。強面で知られるコッターとの比較には、「ヴァーンの視線は持ってないけど怒鳴り方は知っているよ。心配ご無用」と、いつもの柔和な表情でさらりと答える。バックスラインとサインプレーの専門家。「それが彼の十八番。もし試合の日に、あるサインプレーが有効だと思ったら、朝中そのプレーを選手の頭に叩き込むのも厭わない」。フランス代表のジュリアン・マルジューは、クレルモン時代のシュミットの仕事ぶりをそう評する。それでもシュミットは注がれる賞賛のコメントに、「オークランドブルースでコーチをしていた時は、カルロス・スペンサー、ミルズ・ムリアイナ、ダグ・ハウレット、ジョー・ロコソコらがチームにいた。レンスターでは、ほとんどヨーロッパ最高のバックスラインを私は持っていた。だから、私がヘボコーチだったとしても、余り目立たなかったはずだよ」と、大学教授のような雰囲気で謙遜する。「私はグラウンドの人間だし、それはこの先も変わらない。レンスターに『イエス』と答える前は、長期にわたるチームのプランを練ったことは一度もなかった。プレッシャーは大きかったよ。それまで知らなかったことを新たに学んで、理解し、実践しなければならなかった」。その経験が、今のアイルランド代表のチームマネージメントに生きているのは確かだ。

 

 それでも、シュミットの就任だけがすべてを変えたわけではない。長年にわたる不振を受けて、アイルランドラグビー協会は、数年前から代表チーム強化のための改革を続けている。協会はすべての代表選手と直接契約を結び、さらに国内クラグ所属の何人かの外国人選手のサラリーも負担することにより、所属クラブにおける選手のプレー時間数を制限、代表での合宿に必要なだけの時間を割けるようにするとともに、最善のコンディションでテストマッチに挑めるようになっている。選手の雇用主であるクラブと代表チームの軋轢が続くフランスの代表監督であるフィリップ・サンタンドレが、ブライアン・オドリスコルの代表引退に際して、その選手寿命の長さに関して、「アイルランドのシステムのおかげで、彼は年間17、8試合しかプレーせずに済む。年間30試合以上をプレーすることになるフランスでは無理だっただろう」と、自国の状況を皮肉ったのとは対照的である。 さらに、PRO12の国内4クラブを統括するスポーツディレクターはシュミット本人であり、各クラブの監督と手に手を取り合って仕事をしている。つまり、代表選手がチームに合流した時には、既に必要な個人スキル、コンディションは万全の状態にあり、いくつかのサインプレーすら、クラブで使われているものと同様であり、後は相手チームの分析と、それに対して対策を練りチーム戦略をブラッシュアップすることに専念できる状況が整っているのである。4クラブが各々の地方を代表し、「オラが町」意識も強いアイルランド国内、特にレンスターとライバル関係にあるマンスターサポーターからは、これまでにシュミットが率いていたレンスターから21人もの代表選手が選ばれていることに関して不満の声も上がっているが、「私はアイルランド代表チームを選んでいるだけだ。もしサポーターがそれぞれのクラブへの忠誠心のせいでうまくいかないことがあるとしても、それは代表選手の間で起こっていることではない」と意に介さない。

 

 シュミット就任以来8ヶ月、ここまでの結果は協会にとってもサポーターにとっても予想以上。今大会の唯一の敗戦であるイングランド戦も接戦を惜しくも落としたもので、北半球で唯一のワールドカップ優勝経験がある2015年の開催国とも互角に戦えることを証明した。ワールドカップで同プールに入ったフランスを、アウェーで破った精神的なアドバンテージも大きい。もしプールを1位で通過すれば、準々決勝はアルゼンチン。アイルランド史上初の準決勝進出も見えてくる上、ニュージーランドとは決勝まで当たらずにすむ。それでも、アイルランド国内では、メディアにもサポーターの間にも浮かれた様子は見られない。当然シュミット本人にも。

 

 アイルランドとキウィのヘッドコーチのラブストーリーはまだ続く。最高のハネムーンは終わった。本当の実力が試されるのはここからだ。

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