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母国でのワールドカップ優勝を見据えるイングランド —シックスネイションズレビュー—

2014/04/14

 自力優勝の可能性が消滅していた最終節。同日18時にパリでキックオフのフランス-アイルランド戦を待ちながら、イングランドはローマで7トライ52点を奪う猛攻でイタリア代表を粉砕。今大会精彩を欠いたスクアドラ・アズーラ相手とはいえ、スピードと破壊力を併せ持った継続的なアタックは目を見張るものがあった。

 

 遡ること12年前のシックスネイションズ、1年半後にオーストラリアでのワールドカップを控えていたクライブ・ウッドワード率いるイングランド代表は、フランスに惜しいところで敗れ2位に終わるが、ワールドカップ開催年となる翌2003年には、計画通りといっても過言ではないグランドスラムでの優勝を果たし、その勢いのままシドニーでウェブ・エリス・トロフィーを手に入れた。今、イングランド国民には同じ光景が見え始めている。

 

 イングランドラグビー協会内で育成担当の最高責任者だったスチュワート・ランカスターが、世代交代を図るべく監督に任命されたのが2011年12月。長年の懸案となっていたスタンドオフにオーウェン・ファレルを起用するなど、思い切った若手の起用を行いつつ、至上命題となっている自国でのワールドカップ優勝に向けて、若いチームを徐々に作り上げてきた。

 

 ワールドカップまで1年半を切り、優勝を期待された今大会だが、優勝したアイルランドをホームのトゥイッケナムで破りながらも、初戦となったパリでのフランス戦を残り数分のガエル・フィクーの逆転トライで落としたことが響き、得失点差で2位に終わった。それでも、辛口なはずのイングランドメディアからも批判めいた声はほとんど聞こえてこない。「確かに優勝できたら素晴らしいが、私にとってはそれで何かが大きく変わるわけではない。今大会は、私たちに自信を与えてくれた」と、アイルランドの結果を待ちながらイタリア戦直後にランカスターが言ったように、ほぼゼロから作り上げたチームが徐々に形をなしつつあることは誰の目にも明らかだ。

 

 チーム内外からの信頼の理由は、ランカスターのその的確でフェアな選手選考。「イングランド選手を一番知っている男」とまで言われたその選択眼は確かで、今大会20歳でフル代表デビューを果たしたウィングのジャック・ノウェルに見られるように、若手の起用にも躊躇しない。また、長年の育成システムの整備が実を結び、プレミアシップの成功も相まって現在のイングランドはタレントの宝庫。各ポジションごとにレギュラーを争う選手が何人もおり、チーム層は今大会出場国の中でも際立っていた。

 

 今夏には来年のワールドカップを見据え非常に重要なものとなるニュージランド遠征が控えているが、悲観論は聞こえてこない。レギュラープロップであるダン・コールとアレックス・コルビシエロは、それぞれ休養と怪我で帯同しないことがほぼ決まっているが、左プロップは今大会で期待以上の活躍を見せたジョー・マーラー、右にはデイヴィー・ウィルソンが控えている。ロックにはジョー・ランチバリー、コートニー・ローズに加え、デイヴ・アトウッド、ジェフ・パーリング、レスターのエド・スレイター、セールで頭角を現しつつあるマイケル・パターソンと枚挙に暇がない。第3列は、今大会でも見事なバランスを見せたキャプテンのクリス・ロブショーにトム・ウッド、ビリー・ヴニポラの後ろに、ベン・モーガン、トム・クラフトや、いまだ代表復帰を諦めていないジェームス・ハスケルも控えている。 グラウンド外の問題もあり去年までは3番手の位置付けだったダニー・ケアーは、「ミスター・テンポ」の名の通りのプレーで、大会ナンバーワンスクラムハーフの名をほしいままにし、今大会が初代表選出となったルーサー・バレルが、ビリー・トゥエルブトゥリーやマニュ・ツイラギの控えにしとくのは惜しいと思わせるほどの活躍。マイク・ブラウンは、最後のシックスネイションズとなったブライアン・オドリスコルを押さえて大会最優秀選手に選ばれ、大会序盤は堅さの見えたノウェルも試合を重ねるに連れて本来のプレーを見せるようになった。また、怪我で今大会を棒に振ったマーランド・ヤードやベン・フォデン、クリスチャン・ウェイドの復帰も期待されており、ランカスターの言葉通り2位という結果以上のものが見えているのもうなずける。

 

 そんな中、現状で唯一と言ってもいい不安材料がスタンドオフ。今季プレミアシップで首位をひた走るサラセンズでも10番を背負うオーウェン・ファレルが、大会を通じて及第点のプレーを見せたのだが、22歳という若さ故か我を忘れることも多く、今やその意味のないラフプレーやレイトチャージは審判団も良く知るところ。また、イングランドの新旧司令塔対決となった昨シーズンのハイネケンカップの準決勝では、「マスタークラス」と評されたジョニー・ウィルキンソンの前に完敗。ここ一番での空回りも見られ、現状ではワールドカップを託すにはまだ心許ない。

 

 その戦術眼とパスセンスで、ゲームメイクではファレルを上回るとも言われているのが21歳のジョージ・フォード。レスターで元イングランド代表スタンドオフのトビー・フラッドの控えに甘んじるのをよしとせず今季から移籍したバースで、昨季7位のチームを現在4位に導く活躍。経験不足とプレースキックの不安定さが解消されれば、ファレルから10番を奪うことも可能だが、ワールドカップまでに残された時間は多くない。

 

 今季は絶不調のグロスターのフレディ・バーンズも、昨季までは次期イングランド代表の10番を背負うと言われていた逸材。自国でのワールドカップ出場のラストチャンスにかけるべく、来期はリーグ優勝9回の名門レスターに移り、フランスのトゥールーズへ移籍するフラッドの後釜を担うことになる。

 

 安定感を買ってトゥエルブトゥリーのスタンドオフ起用を押す声もあるが、上記の3人から2人が(トゥエルブトゥリーはセンターでの選出)ワールドカップで司令塔としてイングランドのホワイトジャージに袖を通す栄誉に与ることになるのはほぼ確実。

 

 「ほぼ」と言ったのは、最後にもう一人、ジョーカーと呼ぶべき男が残っているから。ダニー・シプリアーニ。「神童」ともてはやされ、ジョニー・ウィルキンソンの後継者と目された男は、グラウンド内外での問題が絶えず、2011年にはイングランドを追い出されるようにスーパーラグビーのメルボルン・レベルズに移っていった。昨季からセールに復帰すると、今シーズンは往時を思わせるプレーを随所に見せチームを牽引。相変わらずディフェンスに難があるが、そのスペースを見つける目、リズムと緩急、パス、ランニングセンスは天性のもの。3次、4次までプレーが決まっている中でのプレーに慣れた、今日の造られたスタンドオフにはないその異色の才能は、2003年優勝時の監督ウッドワードに、「ダニーはXファクターを持っている。彼が、イングランドにとってのクエイド・クーパーだよ」と言わしめる。「彼にはもう一度チャンスが必要だ。なぜなら、彼がイングランドにとってのベストチャンスなのだから」。

 

 今のままでは、それぞれが「ワールドカップ優勝チームスタンドオフ」の肩書きにはまだ足りない。残された時間は15ヶ月。イングランドが残された最後のワンピースを見つけた時、母国でのワールドカップ制覇が現実味を帯びてくる。

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