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スコットランドに涙雨。

2015/10/20

 イングランド開催ということで、大会前から降りしきる雨の下湿ったピッチでのゲームが予想されていたにもかかわらず、ここまではほとんど雨に祟られることのなかった今大会。71分に突如降り出したマレーフィールドを思わせる大粒の雨に、スコットランドの逆転勝利を告げる天の声を聞いたサポーターも多かったはず。そして3分後には今大会スコットランドの十八番となっていた狙いすましたパスカットからのベネットの逆転トライ。予感は現実のものになるかと思われたが…

 

 試合翌日という異例の早さで、ワールドラグビーはクレイグ・ジュベールレフェリーの判断は間違っていたと公式に発表。本人も試合後に認めていたとおり、フィップスは故意にボールを後ろに放っており、アクシデンタルオフサイドの適用で、オーストラリアにはペナルティではなくスクラムが与えられるべきだったと、試合直後から解説者、ファンが指摘したのと同様の見解を示した。ただし、これも指摘されていたのと同様、あの場面でのTMOはルール上認められていないこともしっかりと付け加えた。

 

 試合直後からジュベール氏の判断ミスを批判する声が相次いだが、 プロ化以降の現代ラグビーは、選手の身体能力の向上とともにスピードも運動量もはるかに増しており、たった一人のレフェリーが1試合をミスなくさばくことは易しいことではない。だからこそ近年、ワールドラグビーはタッチジャッジの試合中の発言力をアップさせ、TMOの導入まで行ったわけだ。あの場面では、「トライの正否」「ゴールキックの正否」「トライに繋がるプレーでの反則」「不正なプレー」のいずれにもあてはまらず、現行のルールではTMOの介入は不可能。残念ながら、過つは人の常。ジュベール氏は基本的にはフェアで的確な笛を吹く上手なレフェリー。レフェリーもゲームの一部であり、彼らがいなければ成り立たない。「意図したミス」でない限り、レフェリー個人を攻撃するのはフェアじゃない。

 疑問を投げかけなければならないのは、あの重要な場面でTMOを使えないというルールの方で、ワールドラグビーもこの件を受けて見直す方向で動くはず。ゲームが細切れになるという理由でTMOの過度の介入を嫌う声も多いが、今回のような問題を減らし、選手もファンもすっきりとした気持ちでいてもらうためにも、その介入基準が統一されさえすれば、TMOが非常に有効な手段なのは明らかだろう。

 ただジュベール氏がまずかったのは、自らのミスを自覚していたのか、ボールがタッチに蹴り出され試合終了のホイッスルを鳴らすや否や、両チームの選手との握手も忘れて駆け足で一目散にグラウンドを後にしたこと。

 

 ヨーロッパ、特にフランスでは4年前のワールドカップ決勝でフランスの優勝を阻んだのはジュベール氏だという意見は根強く、もともとあまり評判が良くない。2011年大会の準々決勝南アフリカ−オーストラリア戦で、オーストラリア側のラックでの反則をことごとく見逃し続けたブライス・ローレンスレフェリーに非難が集まり、準決勝のオーストラリア−ニュージーランド戦では、ラックでの的確な判断を期待され抜擢されたジュベール氏。その厳しい笛に両腕をもがれたオーストラリアはニュージーランドに完敗。その笛が評価され決勝のニュージーランド−フランス戦も任されたのだが、この試合では打って変わって緩い笛。ゲームを通じてニュージーランドよりという笛ではなかったものの、この判断基準の変更がデュソトワールを中心に規律の取れたディフェンスを売りにしたフランスチームよりも、マコウを含めて接点でのグレーなプレーも厭わなかったオールブラックスに有利に働いたのは確かだった。

 

 そんな背景もあり、ジュベール氏の「逃走」を目撃した各国代表の元選手らは直ちに反応。ラグビーの国際殿堂入りも果たしている元スコットランド代表ギャヴィン・ヘイスティングスは「私がラグビーのグラウンドで見た最低のシーンだ。彼は選手達と向き合う覚悟が出来ていなかった。ラグビー精神にそぐわない。今すぐ家に送り返されて二度と国際舞台に登場すべきじゃない」「あんな風に試合後に走り去るなんて恥さらしもいいとこだ」と糾弾。おまけに問題を軽く見せようとしたのか、この件に関して試合後に質問を受けたワールドラグビーCEOのゴスパーは「急いでトイレに行きたかったんじゃないの」と答える始末。

 

 これではスコットランドチームとサポーターは浮かばれない。

 確かに、選手個人個人の能力で勝り5トライを奪ったオーストラリアは勝つに値した。特に、試合終了残り1分、急に降り出した雨にぬかるんだピッチとボールというプレッシャーのかかる状況で、冷静に逆転PGを決めたフォーリーは見事の一言。それでも、スクラムは互角以上に渡り合い、マイボールは徹底して継続、粘り強いチームディフェンスからのカウンターアタックという自分達のラグビーをやり切ったスコットランドにも、違った結末への権利は十分あった。

 

 日本の決勝トーナメント進出を願っていたファンの間では(日本人のみならず)、予選プールでのスコットランド−サモア戦でのレフェリングを挙げて、因果応報といった見方も見受けられたが、もしあの試合で疑問を残すような判定があったにしても、それは現場の選手やスタッフが求めたものではないわけで(もっと上の不思議な力が巣食う魔窟ではそういうことがあるのかもしれない)、必死に毎試合を戦う選手達には関係ない。第一、もしそうなら明日の試合の結果が1週間、1か月前から決まっていることになってしまい、日々の努力の意味がなくなってしまう。

 

 残念なのは、ワールドカップ史上稀に見る好ゲームが、選手のパフォーマンス以外の要因で決まってしまったこと。

 

 近年は不振が続き、イタリア同様シックスネイションズのお荷物扱いされ、8か月前の大会ではウッドスプーンを頂戴したスコットランドが、24年ぶりのワールドカップ準決勝まであと1分のところまで迫った。就任からわずか16か月のヴァーン・コッターとスコットランド代表が国民に見せた夢は大きかった。

 

 試合後にジュベール氏の判断に不満を漏らしたキャプテンのレイドローが最後にこう言った。「でも、おれたちは細かいことをとやかく言う民族じゃない。もし別のエリアで上手くやれていれば、あの状況にはならなかったかもしれない」

 

 勇敢なるスコットランドに乾杯。

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