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Egg Chaser 5. ナイジェル・オーウェンス −笑いのとれるプロレフェリー−

2015/10/29

 決勝の笛はオーウェンスさんに。

 

 ウェールズ国内では自らテレビ番組の司会を務め、自伝も出すほどの人気者のオーウェンスさん。気の早いウェールズメディアは、1週間前に準決勝でオーウェンスさんが笛を吹かないことが発表された時点で「これで決勝はナイジェル」と予想していたが、そのとおりの結果になった。

 ナイジェル・オーウェンス。ウェールズ協会所属の44歳。2005年、大阪での日本−アイルランド戦でインターナショナルデビューを飾ってから、ここまで裁いたテストマッチは67。ワールドカップには2007年大会から3大会続けて選出され、欧州ラグビーチャンピオンズカップ(ハイネケンカップ)の決勝では4度笛を任されている名実共にトップレフェリーであり、マッチョなラグビー界でゲイであることを公表している数少ない一人でもある。

 

 決勝戦の審判団が発表されると、元選手、解説者、ファンからそのノミネートを歓迎する声が相次ぐなか、プロ12、欧州カップ、テストマッチと何度も自らその笛を聞いたブライアン・オドリスコルも、「ここ数年は常に世界でもベストのレフェリー。彼も人間だしミスもするけど、ほんの少しだ!」とツイート。元オールブラックスタンドオフのグラント・フォックスは「ナイジェルは疑いなく世界一のレフェリーだ」と最大の賛辞を贈った。

 

 そのプレー(?)スタイルは、基本的にはアタック優先。ディフェンス側がラックで相手ボールを殺したり球出しを遅らせるプレーを嫌い、可能な限りプレーがきれいに流れるようにブレイクダウンは厳しくチェック。また、「レフェリーの中には思っていることをすぐ口に出すおれのことを余り好きじゃない人もいるけど、彼はたくさんしゃべって選手とコミュニケーションを取りながら上手くゲームをコントロールをするから、彼が笛を吹くときはいつも楽しいよ」とニュージーランドのアーロン・スミスが言うように、選手との見事な距離感は他のレフェリーの追随を許さない。

 

「もし選手に対して敬意を見せれば、選手も敬意を見せてくれる。あとは、笑顔とウィットが時々その場を和ませる役に立つ。コメディが役に立つのはそんなときさ。私は14の頃からスタンダップコメディをやってきたからね」

 

 そう語るオーウェンスさんの小狡いプレーやラグビー精神に反した選手に発せられるユーモア抜群の名ゼリフは、今や欧州ラグビー界では知らぬ者なし。

 

 今大会でも、サッカープレミアリーグのニューカッスルのホームグラウンドとして名高いセントジェームズパークでの試合で、軽いレイトチャージに転んでみせたスコットランド代表のスチュアート・ホッグが、「あんな風にダイブするなら、今日ではなく、2週間後にここに戻ってくるように」とお小言を頂戴するはめになったが、サッカーネタはオーウェンスさんの十八番。

 

 試合中何度も相手の反則を叫ぶ選手に「このピッチでは私がレフェリーだ。君じゃない。君は君の仕事をしなさい。私も自分の仕事をするから。もしもう一度何かわめいたらペナルティを与えるよ。これはサッカーじゃない。わかったかな?」と諭した『This is not soccer』はもはや伝説。別の試合ではお行儀悪く不服を述べた選手を、「サッカーのスタジアムは500ヤード向こうだ」と一蹴するなど、見る者の笑いを誘う教育的指導は辛口でも人間味に溢れている。

 

 安定したスクラムをなかなか組もうとしない両チームのフロントローに業を煮やして 、「君たちはスクラム組むのが嫌いなのか?もしそうなら、ポジションを間違えてるよ」。

 

 取っ組み合いを初めて離れない巨漢ロックの二人に、「抱き合いたいならグラウンドの外でやりなさい。ピッチの上じゃなくて」。

 

 白熱したグラウンド上でのそのウィットに富んだトークは枚挙に暇がない。

 

 そんなオーウェンスさんだが、若い頃は自らのセクシュアリティを受け入れることができず苦しみ、過食症、アナボリックステロイド依存に陥り、26歳の時には、間一髪一命を取り留めたものの自殺を図りヘリコプターで運ばれた。

 

「嘘はつかないよ。確かに難しかった。まず自分がどんな人間かを受け入れるのが難しかった。それからどうやったら周りの反応に対処できるのかと悩んだ。人々が、私がゲイだと知ってもレフェリーを続けられるかどうかをね。カミングアウトするまでの何年か、それがずっと心配だった。でも、デレク・ビーヴァン(ウェールズ出身の元国際審判)が私に言ってたんだ、『いいレフェリーは幸せなレフェリーだ』って。自分が誰だかを受け入れるまで、私は幸せじゃなかった。私が受けた反応は、ただラグビーユニオンというスポーツがどれほど素晴らしいものかを示すものだった 」

 

 2007年にカミングアウトしたとき、ウェールズラグビー協会と選手達のサポートがどれだけ大きかったかをオーウェンスさんは語っている。

 

「オスプレイズ戦を吹いたときのことを憶えてるよ。キャプテンのライアン・ジョーンズがロッカールームにいたんだが私が入っていくと、『ちょっと待ってくれ、ナイジェル。何か着させてくれ』と言うから、私は言ったんだ。『私にとってはどうでもいいことだよ、ジャグヘッド(ジョーンズのニックネーム)。どっちにしたって君は不細工過ぎる』(ちなみにウェールズ代表のキャプテンも務めたジョーンズはなかなかのハンサム)。彼は笑って、私も笑った。そしたら他の選手もみんな笑ったんだ」

 

 カミングアウトした同年には、ゲイスポーツパーソナリティーオブザイヤーにも選ばれ、選手もファンも99パーセントは暖かく迎えてくれたというオーウェンスさんだが、残念ながらそれ以外の1パーセントが常に存在するのも事実。昨年11月のトゥイッケナムでのイングランド−ニュージーランド戦では、2人の観客がオーウェンスさんに同性愛者差別の暴言を浴びせ2年間の入場禁止処分を受けている。

 

 それでも4か月後にシックスネイションズの優勝がかかるイングランド−フランス戦の主審を務めるためにトゥイッケナムに戻ってきたときにはこう言った。

 

「自分のチームの応援に熱くなって何か叫ぶのは怖がらないで欲しい。ちょっとした野次やユーモアはラグビーのスタンドには付き物。尻込みする必要はない。ただ、それが一線を越えないようにだけ注意して欲しい。もし観客が私個人について許しがたいことを言ったとしても、私にとってはそれほど問題ではない。聞こえないから。でも、ひょっとしたらすぐ近くにいる人が人生のある種の悩みに苦しんでいて、それを聞いて傷つくかもしれない。時にはこういった観客が叫んだことを聞くだけで、誰かを追いつめるには十分なこともある。自分がそういう状況を生きてきたから、それがどれだけ辛いことか知っている。ちょっとした野次やからかいの言葉は大歓迎だし、絶対にスタンドからなくなって欲しくはない。ただ、何か個人的に傷つけるかもしれないことを叫ぶ前に考えて欲しい。私は傷つかないが、それがすぐ側に座っている誰かを傷つけるかもしれないっていうことを」

 

 グラウンドの主役は選手達。レフェリーが目立つゲームはいいゲームとは言えない。土曜日の決勝も、オーウェンスさんが小言を出す必要がないようなフェアでクリーンなゲームになって欲しい。ただ、選手とスタッフも人間なら観客も当然人間。そして審判団もハートを持った立派な人間だということを思いながら試合を見ると、またもう少しグラウンドとの距離感が縮まるかもしれない。

 

 最後に、「ユーモアセンスと時々自分自身を笑う才能をなくしちゃいけない」と話すオーウェンスさん。昨シーズンの欧州チャンピオンズカップの試合、とんでもないノットストレートのラインアウトを投げたハリクインズのフッカーデイヴ・ワードに一言。

 

「私だってあれよりはストレートだ」

 

 笑いとは己を知ることである。って、ラグビーの話だったんじゃ…

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